夢野久作「夢野久作全集」ちくま文庫

ヤアヤア。
遠からむ者は望遠鏡にて見当をつけい。
近くば寄って顕微鏡で覗いて見よ。・・・

これは「ドグラ・マグラ」の中の、
キチガイ博士の手記の出だしである。

夢野久作の作品は、まさに迷宮である。
そして「ドグラ・マグラ」こそは、
永遠に読み解くことのできない巨大な謎である。
複雑に入り組んだ小説の弁証法は、
いかなる高みに止揚するのであろうか・・・。

この全集は、日本文学に異色の地位を持つ作家の
全貌を収めた快挙である。
悪い夢にうなされて眠れない夜はこの叢書を紐解こう。
起きながらにして、悪夢の連鎖があなたを襲うだろう。
えっ、それなら寝てる方がマシだって?

沼正三「家畜人ヤプー」幻冬舎アウトロー文庫

マゾヒズム小説という分類になるらしい。
しかしそんな世俗の定義を寄せ付けない小説である。

主人公燐一郎(リン)は許婚のクララとともに
2千年後の未来であるイース帝国に連れられてしまう。
そこは白人絶対主義の帝国。
黒人は奴隷として、そして黄色人種は、
改造用家畜であるヤプーとして存在していた。

燐一郎はクララと共にいたため、
彼女の家畜と見なされ改造される。
当初自らの不遇を悲しみ苦しんでいた燐一郎は、
やがてクララの家畜として改造されることを
望むようになる・・・。
世の女性方は是非ご一読あれ!
きっと自分用のセッチンが欲しくなる・・・。

中野美代子「契丹伝奇集」河出文庫

「あら、旦那さま、おかえりなさいませ」
くろぬりのベンツがまえぶれもなくくるまよせに
すべりこみましたので、・・・

これは「女俑(じょよう)」という短編の冒頭である。
あらっ、と思うだろう。
古代中国の話ぢゃないの?
なんかやたらひらがなが多くない?
そうなのだ。中野美代子の想像力は時空を飛び越え、
文章を自在に操り、
読者を混沌と幻想の迷宮に引きずり込む。
まるで蟻地獄だ。

捕まりたくないひとは近づかない方がいいかも知れない。
でないと気づいたときは
墓の中で女俑にされているかも知れないから。

レオ・レオーニ「平行植物」ちくま文庫

まるで植物学の学術書の味わいである。
本屋さんでちょっと立ち読みした人は
すぐに書棚に戻してしまうかも知れない。
しかし、あのレオーニが仕掛けた本である。
退屈なんかさせないのだ。

時空のあわいに棲み、
われらの知覚を退ける植物群、
それこそが「平行植物」なのだ。

植物学の歴史から掘り起こし、
架空の植物群の生態を暴き出す本書こそ、
現代のわれわれが忘れて久しい、
「遊び」の本質に迫るものなのだ!
ほら、きみの隣にも平行植物が・・・。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」岩波文庫

ボルヘスは事実のメカニズムには関心がない。
このアルゼンチンの作家は知識と幻想の人である。

かれの作品は
真偽の必ずしも明らかでない博識
シリアスな象徴体系
知的なユーモア
エキゾチックな背景
神秘的な雰囲気、に満ちあふれている。

ひとたびバベルの図書館に迷い込んだら、
誰も逃げおおせはしない。
砂のように指の間からこぼれ落ちる言葉の迷宮で、
迷い続けるしかないのだ・・・。

アルフォンス・アレー「悪戯の愉しみ」福武文庫

アレーは19世紀末のフランスで活躍した
小ロマン派の作家である。

かれの交友関係には
画家のロートレックや、作曲家のエリック・サティなどがいる。
アンドレ・ブルトンは一般的なユーモアの範疇におさまらない
アレの作風を評して、
「エスプリのテロリズム」と呼んで、最大級の賛辞を送った。

この短編集はアレーの掌編47編を納める。
冒頭の「親切な恋人」は
寒い部屋に恋人を招いたオトコが、
寒がる恋人のために、自分の腹を皮膚だけを切り裂き、
そこに恋人の足をぬぷりと入れて、内臓で暖めてやる話である。
翌日、その傷口を丁寧に縫い合わせる恋人とオトコとは
いっそう強い絆で結ばれたのであった。

この暴力的なユーモアに耐えられますか?