ギョーム・アポリネール「一万一千本の鞭」河出文庫

ギョーム・アポリネールはフランスの詩人であり、
「ミラボー橋」で有名である。

しかし「一万一千本の鞭」はエロ小説であり、
当時は匿名で発行され、発禁処分を受けている。

主人公は、第一次世界大戦で旅順で日本兵と戦い、
最後には処刑される。

処刑では、
鞭を持って左右に並んだ一万一千人の日本兵の間を
鞭打たれながら行軍して、主人公が絶命する、
というサディスティックな光景が展開される。
いや、瀕死の主人公には、振り下ろされる鞭が、
一万一千本の男根に見えていたはずなのである・・・。

山中恒「ぼくがぼくであること」角川文庫

作者の山中恒は、戦前戦中の少国民教育の全課程を再発掘し、
それを「ボクラ少国民」4部作として記録に残した。
彼は昭和6年生まれ。
彼自身が典型的な軍国少年であった。
「ボクラ少国民」は、軍国教育の中で生きた自分自身との関連を
厳しく捉えており、作者自身の歴史の痛恨を見る思いがする。

「ぼくがぼくであること」は主人公の秀一少年が、
夏休みに家庭のごたごたが嫌になって家出して、
そこで出会ったひき逃げ事件や、薄幸の少女夏代との出会い
などを通して、自分をもう一度見つめ直す物語である。

小説だから、あり得ないことが次々と起こるのだが、
きみはきっと気が付くはず。
主人公の少年は架空の人間ではなく、
どこにでもいる
なんの変哲もない
きみ自信に他ならないのだから・・・。

山本昌代「文七殺し」新潮文庫

戦国時代好きのお父さんの期待には沿えない。
捕物帖好きのお父さんの期待にも沿えない。
市井の暮らしを描いたほのぼの時代物とも
一線を画している。

登場するのは、
許婚を愛するあまり殺してしまう娘、
生身の女より美人画に惚れて、
その代筆に精魂傾ける絵師、
そして・・・化け物。

「化け物退治」を読み終わったとき、
あなたは怒りとも悲しみとも区別できない
不思議な感情に支配されているはずだ。
江戸時代は冷酷と愛とが同義語だったのかと
戸惑いの中に沈むかも知れない。

谷崎潤一郎「潤一郎ラビリンス」中公文庫

谷崎潤一郎を知らない人はいないだろう。
彼は大正・昭和を通して文壇に屹立し、
独自の世界を展開した。
文学史では、谷崎を耽美派というらしいが
それでは谷崎の一面しか見ていないことになる。

「細雪」や「春琴抄」が谷崎の代表作だと
思っている人には(事実代表作ではあるが)
もっと巨大な谷崎を見て欲しい。
いみぢくも三島由紀夫が「大谷崎」と称したように
その全体像は朦朧として離れればかすみ近づけば逃げる。

この叢書は谷崎の明治末年から昭和初年の期間の
中短編をテーマ別に編集したものである。
谷崎が日本においていかに希有の作家であるか
再認識できると思う。
一時期にまとめて読むことによって、
大谷崎のすばらしい文学に浸ってください。

ちくま日本文学全集「尾崎翠」ちくま文庫

尾崎翠は忘れられた作家である。
昭和ヒトケタの時代に、珠玉のような
短編を残して鳥取の実家に帰っていった。
その瞬間、作家「尾崎翠」は忘れられた。

でも、今こそ彼女の本を開いてみよう。
きみは見つけるはずだ。
70年前に書かれたとは思えない
上質なファンタジーを。
いや、ファンタジーとは
違うのかも知れないけど、
大島弓子のマンガの少女のように
不思議ないらだちに沈む主人公に
共感しないではいられなくなるのだ。
あぁ、この現代性!
きみも驚いて欲しい。

中上健次「中上健次選集」小学館文庫

中上健次の小説の舞台は
和歌山県新宮市の被差別部落である。
「路地」という名を与えられたそこは、
様々な腐敗と暴力と憎悪が渦巻く
汚穢の土地でありながら、同時に
高貴で崇高な人間の土地となる。
きみは、きっと見るはずだ。
オリュウノオバの幻想を
アキユキの憎悪を
マダラの龍の悲しみを
ツヨシ(イーブ)のやさしさを
イクオの狂気を・・・。

さぁ、目をそらしてはいけない。
ここに小説がある。

村田喜代子「蕨野行」文春文庫

お姑(ばば)よい。
永えあいだ凍っていた空がようやく溶けて、
日の光が射して参りたるよ。・・・

ヌイよい。
残り雪の馬が現れるなら、男ン衆の表仕事の
季節がきたるなり。・・・

このような独特な方言での義母と嫁の対話体で
語られる物語である。
姥捨ての習慣で、捨てられてワラビとなり
死に往くお姑と他のワラビたちの生きる様は
滑稽で猥雑で悲しくてせつない・・。
村田喜代子の作品は、その高い評価と裏腹に
ほとんど文庫で読むことはできない。
それがどれほどの損失なのか、
この物語を読んでとくと考えてみて欲しい。

ジェイムズ・ヘリオット「ヘリオット先生奮戦記」ハヤカワ文庫

ジェイムズ・ヘリオットさんは、
イギリスはグラスゴーの生まれ。本当に獣医さんです。
彼は50歳を過ぎてから、自分の経験をもとに作品を
発表しました。
彼の作品はどれも、イギリスの田舎の自然やそこに生きる人々、
そして動物たちへの愛に満ちています。

物忘れの激しいファーノン先生
ファーノン先生の弟で要領良しのトリスタン
ヘリオット先生の愛するひとヘレン
そして舞台となるダロウビーの人々・・・
この物語は、人と動物たちとのふれあいの中に
私たちが忘れつつあるものを思い出させてくれます。

続編もでてますよ(^-^)
「Dr.ヘリオットのおかしな体験」集英社文庫
「ヘリオット先生の動物家族」ちくま文庫
「愛犬物語」(上下)集英社文庫
「犬物語」集英社文庫
「猫物語」集英社文庫
是非、ご一読ください♪

ヘミングウェイ「ヘミングウェイ全短編」新潮文庫

男臭い作家、というイメージがある。
直線的な文章で淡々と事実を突き通してゆくような
ライフルを構えた狩人のようなイメージが。

だから作品をあまり読まなかったのだ。
「なんか疲れちまうよな」って気がして・・・。

そんなひとにはこれを読んで欲しい。
先入観を打ち壊される快感に、
あなたは眩暈さえ覚えるだろう。
いや心地よい驚きなのだ。
荒れ果てた荒野が広がると思っていた山の向こうに、
青々と水をたたえた静謐な湖を見つけたような。
さぁ、ちょっと時間を作って読み出そう。
全短編を読み終わったとき、
あなたにはちょっと違う世界が見えていることだろう。

ジョーゼフ・ヘラー「キャッチ=22」ハヤカワ文庫

ひとつだけ落とし穴(キャッチ)があった・・・
そしてそれがキャッチ=22だった。

キャッチ=22は軍規である。
おらゆるものを戦場に送り込み死に至らしめる。
すべての兵士が逃れられないその宿命・・・・
それはキャッチ=22があるからだ。

第二次世界大戦末期、中部イタリアのピアノーサ島。
アメリカ空軍のヨッサリアン大尉は
何とか生き延びようとしていた。
仮病を使い、狂気を装い出撃を回避する・・・・。
しかし彼の部隊を支配するのは、
だれもが死地へ赴かねばならない軍規・・・
キャッチ=22だった。

抱腹絶倒のブラックユーモアが織りなす戦争の狂気。
現代社会(アメリカ)の不条理を鋭く風刺して、
発表時(1955)、若者たちから絶大な支持を得た
ヘラーの代表作です。