筒井康隆「脱走と追跡のサンバ」角川文庫

筒井康隆ファン必読の書である。
なんて言うと怒られるかな(笑)
最近の筒井康隆はあんまり読んでいないけれども、
昔のスラップスティックな味わいが好きな人は、
まずこの本を読まなくちゃね。

パロディと言う分野が市民権を持って
どのくらいになるのか知らないけど、
筒井康隆こそ、その扉をこじ開けた
第一人者であることは間違いない。

さぁ、あなたも狂気の世界へ旅立とう!

つげ義春「無能の人・日の戯れ」新潮文庫

つげ義春といへば「ねじ式」や「紅い花」が
浮かぶんだよね。
こういう作品が収められた文庫のなかにも
どんづまりにはまって身動きできなくなっちまって
あやうく窒息しそうで口をぱくぱくさせているやうな
気持ちになる作品がいくつか掲載されていた。

でもこいつは全部がそうだ・・・。

気の滅入ったときに読むとなおさら滅入る。
ひとりの時に読むと孤独がいや増す。
死にたいときに読むとガスの栓をひねりたくなる。
なんてすごい作品集なんだ。
陽気に楽しく愉快に生活している人に
是非読んで貰いたい。

谷崎潤一郎「潤一郎ラビリンス」中公文庫

谷崎潤一郎を知らない人はいないだろう。
彼は大正・昭和を通して文壇に屹立し、
独自の世界を展開した。
文学史では、谷崎を耽美派というらしいが
それでは谷崎の一面しか見ていないことになる。

「細雪」や「春琴抄」が谷崎の代表作だと
思っている人には(事実代表作ではあるが)
もっと巨大な谷崎を見て欲しい。
いみぢくも三島由紀夫が「大谷崎」と称したように
その全体像は朦朧として離れればかすみ近づけば逃げる。

この叢書は谷崎の明治末年から昭和初年の期間の
中短編をテーマ別に編集したものである。
谷崎が日本においていかに希有の作家であるか
再認識できると思う。
一時期にまとめて読むことによって、
大谷崎のすばらしい文学に浸ってください。

田村隆一「腐敗性物質」講談社文芸文庫

何よりも言葉への思いにあふれている。
たかが言葉と言うなかれ、
詩の言葉のチカラを見よ。

「遠い国」

ぼくの苦しみは
単純なものだ
 遠い国からきた動物を飼うように
 べつに工夫がいるわけじゃない

ぼくの詩は
単純なものだ
 遠い国から来た手紙を読むように
 べつに涙がいるわけじゃない

ぼくの歓びや悲しみは
もっと単純なものだ
 遠い国からきた人を殺すように
 べつに言葉がいるわけじゃない

杉浦日向子「ゑひもせず」ちくま文庫

杉浦日向子モノは、江戸ものばかりである。
いわば現代の苦悩する若者たちとは
無縁の世界にいる。
と言うのは冗談で、
現代の若者たちは苦悩などとは無縁なのだ。
ただ情報に操作されて右往左往しているにすぎない。

愛すべき江戸の市井の人々は、
つまらないことに一喜一憂し、泣き笑い、
憤り、暴れる(笑)
なんと単純で愛すべきことだろう。
複雑な世間を生きるために、仏頂面を身につけた
わたしたちも、ちょいと肩の力を抜けば
江戸時代の熊さん、八っあんの仲間入りさ。

フィリパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」岩波少年文庫

トムは弟がはしかになり、
おぢさんの家にあずけられる。
そして深夜・・・大時計が13回鳴るとき、
トムは過去にタイムスリップしてしまうのだ。
そしてハティという女性と、彼女の人生を
一緒に過ごすことになる・・・。

ん? なんかありきたりのファンタジーを
想像していませんか?
でも、あなたの思いこみは見事に裏切られます。
この本を読み終わったとき、あなたはこの思いを
きっと誰かに伝えたくなるはずです。
クリスマスや誕生日のプレゼントが間近なら、
この小さな書物があなたの暖かい思いを
きっと伝えてくれることでしょう。

ちくま日本文学全集「尾崎翠」ちくま文庫

尾崎翠は忘れられた作家である。
昭和ヒトケタの時代に、珠玉のような
短編を残して鳥取の実家に帰っていった。
その瞬間、作家「尾崎翠」は忘れられた。

でも、今こそ彼女の本を開いてみよう。
きみは見つけるはずだ。
70年前に書かれたとは思えない
上質なファンタジーを。
いや、ファンタジーとは
違うのかも知れないけど、
大島弓子のマンガの少女のように
不思議ないらだちに沈む主人公に
共感しないではいられなくなるのだ。
あぁ、この現代性!
きみも驚いて欲しい。

沼正三「家畜人ヤプー」幻冬舎アウトロー文庫

マゾヒズム小説という分類になるらしい。
しかしそんな世俗の定義を寄せ付けない小説である。

主人公燐一郎(リン)は許婚のクララとともに
2千年後の未来であるイース帝国に連れられてしまう。
そこは白人絶対主義の帝国。
黒人は奴隷として、そして黄色人種は、
改造用家畜であるヤプーとして存在していた。

燐一郎はクララと共にいたため、
彼女の家畜と見なされ改造される。
当初自らの不遇を悲しみ苦しんでいた燐一郎は、
やがてクララの家畜として改造されることを
望むようになる・・・。
世の女性方は是非ご一読あれ!
きっと自分用のセッチンが欲しくなる・・・。

梨木香歩「西の魔女が死んだ」新潮文庫

この本は、ばあさんが死ぬ話である。
少女は多感な時期に祖母と暮らし、
共感できる部分を持ちながら、
様々な生理的な嫌悪感をぬぐい去れないまま
祖母の元を去ってしまう。

祖母の最後の魔法は、
実は少女がもっとも嫌悪した
男からもたらされた。
いや、そういう野暮な推測はやめた方がいい。
魔女は信義に篤いものなのだ。
孫との約束を破ったりはしないのさ。

梨木香歩さんには
他に「裏庭」という代表作がある。
是非そちらも読んでください。

中野美代子「契丹伝奇集」河出文庫

「あら、旦那さま、おかえりなさいませ」
くろぬりのベンツがまえぶれもなくくるまよせに
すべりこみましたので、・・・

これは「女俑(じょよう)」という短編の冒頭である。
あらっ、と思うだろう。
古代中国の話ぢゃないの?
なんかやたらひらがなが多くない?
そうなのだ。中野美代子の想像力は時空を飛び越え、
文章を自在に操り、
読者を混沌と幻想の迷宮に引きずり込む。
まるで蟻地獄だ。

捕まりたくないひとは近づかない方がいいかも知れない。
でないと気づいたときは
墓の中で女俑にされているかも知れないから。